阪神淡路大震災から20年がたちました

今日、1月17日は阪神淡路大震災から20年です。
亡くなられた多くな方のご冥福をお祈りします。

二十年前といえば、ちょうど私が鍼灸師の免許を取った年です。
国家試験が2月だったので、1月は追い込みの勉強をしていました。

当日枕元の本棚に押しつぶされそうになって目覚めたのですが、
当時、なぜか倒れる直前に本棚を手で支えるために?目が覚めたようなもので、
「あれはげしく揺れている!」と感じたのはそのあとでした。とても奇妙な体験。

自宅は被災地のちょうど端くらいのところにあり、
まわりではかなり古い文化住宅が壊れたくらいで、
住めなくなったような家は周囲にありませんでした。
うちは玄関の飾り屋根の瓦が少し落ちたくらいの被害でした。

ただ、家の前のマンションのガス管が壊れて警報装置がビービーなっていて、
ガス爆発するんじゃないかと、大阪ガスに電話したのを思い出します。

当時、師匠の治療院を手伝っていたのですが、どうなるんかな?
とおもい、阪神電車は止まっていたので、自転車で当時天神橋筋5丁目にあった、
師匠の治療院へ向かいました。国道2号線の淀川大橋を渡るとき、
神戸方面から煙の柱が何本もあがっているのを見て、「これはたいへんなことだな・・・」とびっくりしました。

治療院へ着くと師匠がいて、
二人でテレビを見ていたらどんどん被害状況が分かってきて
「今日はしょうがね、休みだやなぁ」
みたいな感じでのんきに?すごしていました。
それよりも西宮で治療院をやっていた兄弟子のG先生のことを二人で心配してました。

 一週間ほど経っていた頃かな?
師匠と別の兄弟子のK先生とG先生の家に水を持っていくことになったのですが、
途中でG先生の治療院の前を通ると、木造2階建ての2階にあった治療院が
1階になっていました。

ご自宅手へおうかがいすると、うちよりいい生活をしていたので
(もともと裕福な環境の先生です)苦笑(;゚∀゚;)。
まあ、めいわくになったらと・・・師匠とK先生と早々に帰ったしだいです。

    (2015年01月17日:
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