中国伝承医学


中国医学の思想

古代中国哲学、特に道家の流れをくむ医学には、太極・気・陰陽・五行・易といった理解の鍵となる概念があります。それをふまえて宇宙観・自然観・哲学・人体観を作り出しました。これらは古代中国人の自然や人体に対する深い感覚体験を、きわめて高度な理性によって概念化・体系化させようとしたものです。中国医学に通底する思想の部分は、哲学でいう自然哲学の分野に属します。通常は主観的とされる感覚体験を、客観的な態度で観察を行い、合理的・実践的体系を作り上げてきました。それらは、同じような態度で人体を観察しようとするのならだれでも共有できるようなものです。

伝統的な中国医学は道家の思想を根底に据えた『黄帝内経』や、漢方治療の原典である『傷寒雑病論』といった古典をふまえています。『黄帝内経』は戦国時代にはすでに原型が作られていて、中国医学のまとまった文献としては最古のものです。『傷寒雑病論』は後漢末の張仲景がまとめた薬物治療(漢方)の本です。現代に行われている治療の源流はこれらにあります。しかし中国医学は長い歴史の中で発展・分化していき、多くの流派・学派が生じました。また鍼灸、湯液(薬物治療)、薬膳、導引など、治療技術の違いにより、得手不得手な分野が違ってきます。そのようなわけで、いくつもの治療体系・方法が生まれました。


中国伝承医学の特徴

流派によってそれぞれ特徴は違ってきますが、伝統的な中国医学には共通する思想があります。

・気・陰陽・五行・道・易といった古代中国の思想的背景がある。
・正常な人間の身体は大宇宙・自然に呼応しており、異常(=不健康)とは自然に反した反応をすることなので、治療は正常な反応を回復することである、という思想を持つ。
・治療は四診(診察法)・弁証(診断)・治療という手順をとる。

このような思想を実現するための治療は大変難しく、実際にできる治療家はごくごく少数です。鍼灸の場合ほとんどの治療家が四診や診断もなしに、痛いところに鍼を刺すことしかできません。治療という観点からみると、治ればどのような治療でもいいですが、中国医学本来の思想・技術にもとづかない治療は中国医学ではありません。いくら鍼や灸、薬草などを使用していても上記の思想にもとづいた治療ができない治療家は本来の中国医学の治療家ではないというわけです。


四診とは?

四診は治療者が視覚や触覚などの感覚を使って、患者の身体状況の情報を集めるための診察法です。大きく分けて四種類あるので四診といいます。簡単に記しますと次の四種類です。

望診 顏や皮膚・舌の色や艶から診断する方法。 聞診 話し方や声の高低、体臭などから診断する方法。 問診 患者に質問をして診断する方法。ただ主訴や病状の経過・既往症などを質問するだけでなく、中国医学的な診断名を導き出すための特殊な質問法。 切診 触診のこと。脈やお腹・皮膚の状態を診る方法などいろいろあるが、脈診がもっともよく使われる。

四診の目的は、患者さんのもともとの体質、今の症状の原因、経過、先にどうなるかを予測し、弁証(中国医学流の診断)をするための情報を引き出す方法です。


四診とリスク回避

四診は、中国医学の診察法としてだけでなく、現在行っている治療が、うまくいっているかどうかをリアルタイムに診る方法でもあります。

治療にあたって、毎回患者さんのからだを四診(診察)し、治療方針を立てます。鍼灸の場合、どの経穴にどのように鍼を打って、四診した部分をどのように変えるかを意識して治療します。治療して予測どおりの反応を示せば、治療が正しいわけですし、予測どおりにいかなければ、治療が間違っているか、ピントがはずれているわけです。鍼灸の場合、1本、1本それを確かめて治療を進めていくことができます。

このように治療を進めるのは治療の失敗を極力防ぐためです。逆にいいますと、四診さえしないで治療するのは、バクチと同じです。

漢方薬や鍼灸は安全で体にいいという考えを、一般の人だけでなく専門家でも持っておられる方がいらっしゃいますが、これは大きな間違いです。間違った使い方(=誤治)をすれば、身体を悪くします。治療技術が高くなればなるほど、意図的に健康を害する技術も高くなります。治療家の目的は、武術家のように相手を殺すことではありませんが、誤治する可能性はどの治療家にもあります。それをできる限り回避するための方法が四診です。

四診は中国医学の治療家にとって最低限必要な技術です。

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弁証とは?

弁証とは中国医学流の診断のことです。個々の診断名を弁証名といいます。

弁証は診断の目的に応じていくつかのカテゴリーがあります。たとえば、大まかな身体の傾向を表すカテゴリー(八綱弁証)、カゼを中心とする流行性疾患のカテゴリー(六経弁証)、臓腑の状態を表す(臓腑弁証)などがあります。

ある弁証を導き出すにためには、それが属するカテゴリー用の四診を行う必要があります。八綱弁証をするための四診、六経弁証をするための四診、臓腑弁証をするための四診等々です。ですから正しい弁証を行うには、ただしい四診ができることが前提です。四診ができない治療家は、中国医学流の診断ができないことになります。


現代中医学との違い

現代中医学は中華人民共和国建国後、各地に作られた中国医学養成施設で研究・教育されてきた中国医学です。現代中医学と伝承医学は大きな違いがありますが、ひとつだけ簡単に記しておきます。

もっとも違う点は、体表観察の深さや精密さの違いです。現代中医学の基礎理論・診断学の教科書を読めばわかりますが、四診の中でも問診に重点を置いています。診断情報の過半数を問診によって得ています。それに対して中国伝承医学では望診(視診)や切診(触診)法に重点を置いています。

たとえば触診法としては脉診がもっともよく用いられますが、現代中医学の教科書には30種類ほどの脈の打ち方が分類されていて、それを組み合わせて弁証の情報としているくらいです。他には古典に書いてあることをそのまま記してあるだけです。それらはあくまで問診の補完する程度のことしか書いてありません。これ以外に婦人科や小児科独特の脉診法も若干出てきますが、この脉診法の延長上のものです。

それに対して中国伝承医学では、人間を診る観点に応じたさまざまな脉診法があります。人間の一般的な生理の状態を知る脉診法、それを逸脱した内科疾患の状態を知る脉診法、カゼや伝染病を診るの脉診法、経絡の状態を診る脉診法、婦人科の脉診法、小児科の脉診法などです。これらの中には古典に記されているものもあり、研究書もありますが、臨床上きちんと使いこなせているかどうかの問題になりますと、はなはだ怪しいものです。

師から弟子へ代々伝えられてきた技術は、臨床に耐えうるようすこしずつ改良され発展してきたところに大きな違いがあります。


中国伝承医学とは~中国医学の流派~

当院は中国伝承医学派に属する龍門派という流派の治療体系をベースにしています。一般の方は「中国医学に流派なんてあるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、湯液(いわゆる漢方)にも鍼灸にも古代から現代にいたるまでいろいろな流派があり、理論や治療法もさまざまです(事情は日本も同じです)。その流れを書くだけで大部な書物ができるくらいです。ここではそれをまとめる余裕はありませんし、私にそれを行う能力もありません。そこでここできわめて単純化して、二つの大きな流れとして分類してみましょう。その二つをここでは現代中医学と中国伝承医学というふうに名付けておきます。

現代中医学は主として中華人民共和国ができてから体系づけられた流派の総称です。それに対して中国伝承医学は、中華人民共和国が建国される以前から続いている中国の古流派の総称です。前者は大学での研究成果をもとにして構築された流派であり、後者は師から弟子へ、あるいは親から子へ代々受け継がれてきた流派の総称です。まずは現代中医学の大きな流れから述べてみます。

現代中医学~三大流派~

中華人民共和国の建国以降、各地に中国医学を研究・臨床する大学・病院・研究所等が建設されました。臨床家の養成施設(中医学院、現在の中医薬大学等)で共通して使えるテキストを作成し、それにもとづいて教育・臨床されてきました。これが現代中医学です。現代中医学には三つの大きな流れがあります。ひとつは弁証論治派で、これは中国医学の古典、特に湯液(いわゆる漢方)理論をもとに弁証論治という体系を作り出そうとする流れです。二つ目は中西医結合派でこれは中国医学と西洋医学を融合させようとする流れです。三つ目は人体を解剖や生理学といった西洋医学的観点から分析し新しい鍼灸理論を体系立てようとする流れです。これは特に総称名は無いようですが、ここでは新理論派としておきます。

■弁証論治派
弁証論治派は一時期非常に流行りました。しかし鍼灸理論を湯液理論をベースに構築しようとしたため、古典にもとづく鍼灸理論との結合があまりうまくいきませんでした。また詳細に弁証論治しようと思えばかなり手間がかかり、一日に大勢の人を治療しなければならない現在の中国の医療機関ではあまり向かないようです。中国では少数派になっている模様です。日本ではまだ大勢います。

■中西医結合派
中西医結合派も一時期おおいに流行りました。ただしこれはどちらかというと研究者向けの派でした。研究施設を離れた臨床家には向きません。特に日本の鍼灸師や薬剤師は開業しても西洋医学的な検査や診断はできませんので、あまり受け入れられませんでした。中国医学に関心のある日本の医師は取り組んでいらっしゃる方もいるかもしれません。

■新理論派
新理論派は現在の中国で一番は流行っているようです。いろいろな理論体系が生み出されています。基本的に解剖や生理学をもとにして西洋医学的な観点から鍼灸理論を組み立てようとしますので、非常に分かりやすくて効果があるため人気があります。また、センスや経験を中国伝承医学派ほど要求されませんので、多くの臨床家に技術が共有されやすいのも人気の理由のひとつだと思われます。

中国伝承医学

中国医学は西洋医学が発達する前に基本的な体系ができたために、非常に感性や経験に重点を置いた理論体系になっています。そのためにあまり多数の学生に学校で教えるには向かない技術です。昔から国の制度として医師養成は行われてきましたが、師から弟子へ、親から子へマンツーマンで教えるというのが基本でした。このあたりは武術や芸事と同じです。古代からいくつも流派が形成されました。その流れをくむ技術を受け継いでいるのが老中医とよばれる人たちです。現代中医学の養成施設で教育に携わっていた人もいますし、市井で活躍されていた方もいらっしゃいます。年齢的には教育施設での指導を退いた方ぐらいです。

現代になって老中医が流派や家伝の技術を書物として公開するようになったり、中国の養成施設へ留学した人が、老中医へ弟子入りするようなったりして技術の一端が、日本でも専門家の間で広く知られるようになりました。

この派の特徴はなんといっても長い歴史によって積み上げられた思想と技術と経験です。現代中医の弁証論治派と重なる部分も多いですが、経験の蓄積がおおい分、臨床的に深みと広がりがあります。